本日は台風10号接近に伴い、臨時休館とさせていただいております。
勢力が強く、また過去に大きな被害をもたらした時と近いコースということで心配しておりましたが、幸い今のところは目立った被害は無いようです。でもまだ油断はできませんね。


 

 

さて、8月に入ってアートに対しても嵐が吹き荒れておりますが、こちらはまだ収束の気配がありません。
展覧会を自由に安全に観られる環境が自分の暮らす社会に無いということが大変残念でなりません。

 

ところで、みなさんは最近ゆっくりと絵を描いたことがありますか?
学校の美術の時間以外では描いたことがない。という方も多いようです。
その学校でも授業時間が減って、ますます絵を描く機会が少なくなってしまっているようです。かく言う私もこの頃はなかなか制作の時間が取れていないんですよね。イカンなー。

 

 

私が絵を習い始めた頃は、デッサンとか油絵を描くのと並行して画用紙に枠を描いて、一方の端に白、もう一方に黒を置き、その間にどれだけたくさんのグレーの中間調が作れるか、なんて訓練をしていました。まあ、なつかしー。

 

 

白と黒だけじゃなく色彩を用いたり、絵の具ではなく鉛筆や木炭を使って同様の訓練を繰り返し繰り返し行なっていましたよねー。真っ白や真っ黒なんて画面のホンの一部で、微妙なトーンの違いと、そのキワのせめぎ合いで平面上に現実世界を写し取っていました。
今ではもうこんな古臭いメソッドは流行らないのかもしれませんね。

 

 

線だけで描く場合だって無数の線を引きながら、そこから最良の線の位置・強さはどれかを吟味して理想のシェイプ・輪郭線を探るんですよねー。本当にちょっとした違いで画面は大きく変わるのがとても面白い。

 

 

絵画に限らず、彫刻やその他の表現でもきっと同じ。そしてこの訓練の繰り返しはテクニックに止まらず、物事の捉え方にも反映されるのだと思います。

 

 

アーティストはそうやって作品制作を通して、常にこの世界にある境界の更新を行なっているのです。いつもはこう見えるけど、少し視点を変えればこんな風にも見えるよ。とか、この線をちょっとだけ逸脱したら、全体の見え方はこんなに違ってくるよとか。

 

 

境界を定めること、線を引くことって、ほんとはとても繊細な仕事で、微妙な違いを読み取って、慎重な判断が必要な筈なんですけど、みんな忙しくてそんなに時間をかけられないみたい。

 

 

だけど声の大きな誰かの引いた線を鵜呑みに色を塗り分けるだけではこの世界はとても窮屈になってしまいます。

 

 

社会を注意深く観察し、より柔軟な捉え方や自由な発想、多様な価値観を示すことが出来るのが公共におけるアートの意味であり、試行錯誤の結果、形として残されたものがアート作品なのです。そして版画作品や意図的にたくさん作られたものを除いては多くの作品はこの世にたったひとつしかなく、そして壊れやすい。そんな風にして生まれたアート作品は公共の財産として捉えられるようになったらいいですね。

 

 

外はまだ雨風が強いようです。今日は多くのお店も臨時休業の様子。部屋の窓から雨にけぶる景色を眺めながら、絵筆を取るとまではいかなくても、ちょっと目を細めてそのグレーのトーンの豊かさを感じて見るのも悪くはないのだはないでしょうか。

 

 

今日は終戦の日。徒然に。

 

 

 

 

 

このブログを書いた人

川鍋 達
千葉県出身。美術を専門に学んだのち、ドイツに渡り、研鑽を重ねアーティストとして活動。国内外の展覧会に参加。帰国後、美術教員を経て地域おこし協力隊として須崎市に移住。経験を活かし、まちかどギャラリー運営のサポートに当たる。協力隊任期が終了後、引き続きまちかどギャラリー館長として企画・運営に従事。アートプロジェクト「現代地方譚 アーティスト・イン・レジデンス須崎」のディレクターを務める。